なぜ「出口戦略」が重要なのか
退職金は長年の勤務成果であり、老後生活を支える重要な資産です。そのため「いくらもらえるか」に注目が集まり、特に企業型DC(確定拠出年金)、iDeCoについては、「どの商品で運用するか」「利回りは何%か」といったお金の入口である積立期の話題に関心が向きがちですが、手取りを左右するのは運用だけではありません。それと同じくらい大切なのが出口であり、積み立てたお金を受け取る時期、順番、受取形式などの出口戦略にも注意が必要です。
この出口戦略で、最初に理解すべき点は2つです。
① 一時金と年金で所得区分が変わる
② 退職所得控除が退職金と企業型DC/iDeCoの二重に満額使えるとは限らない
ここを曖昧にしたまま「一時金が得か」「年金が安心か」といった議論は決着できません。
※なお、企業型DCの場合は、受け取り方法やタイミングが勤務先の制度により制約を受ける場合があります。
一時金と年金では、税金のルールがそもそも違う
退職金のうち確定給付型(DB)と確定拠出型(DC)、そしてiDeCoは制度として別々に存在します。管理主体も加入の仕組みも異なるため、「会社の退職金」と「企業型DCや個人で積み立てたiDeCo」は無関係だと感じるかもしれませんが、いずれも受け取り方によって退職所得や雑所得に合算されるため、出口戦略の起点は所得区分となります。
一時金(一括)で受け取る:退職所得(退職所得控除が適用)
年金(分割)で受け取る:雑所得(公的年金等控除の枠組み)
退職所得の計算式は原則として次の通りで、1/2課税が退職所得の大きな優遇です。
(収入金額−退職所得控除額)×1/2=退職所得金額
一方、年金受け取りの場合は雑所得となり、退職所得控除は使えませんが、公的年金の受給金額と合算されて、公的年金等控除の対象となります。つまり、受け取り方が一時金か年金かという出口の選択は、好みではなく、税金の計算ルールを選ぶ行為ともいえます。
一時金で受け取る場合:退職所得控除の計算方法
一時金で受け取る金額が退職所得控除の枠内に収まれば税金はかからないため、退職金が少ない人や、退職金とiDeCoの受取時期を十分に空けられる人には有利な選択です。また、退職所得控除は、勤続年数やiDeCoの加入期間等に応じて次の算式で計算します。
期間が20年以下:40万円×年数(最低80万円)
期間が20年超:800万円 + 70万円×(年数−20年)
例)勤続38年の場合
40万円×20年+70万円×(38年−20年)=2,060万円
退職所得控除は「退職金」と「企業型DC/iDeCo一時金」にどう関係するのか
退職所得控除は確定給付型(DB)の退職金にしか関係しないと思われがちですが、企業型DCやiDeCoを一時金で受け取る場合(老齢一時金という)も退職所得として計算されるため、退職所得控除の対象となります。その結果、退職金と企業型DC/iDeCoの一時金を同じ年に受け取る場合、両方の受取金額を合算した金額から、1つの退職所得控除を差し引き、その年の退職所得とします。
例)勤続38年→退職所得控除 2,060万円、同じ年に「退職金 + iDeCo一時金」を受け取る場合(考え方は企業型DCの一時金でも同様)
退職金一時金:2,000万円
iDeCo一時金(老齢一時金):800万円
※企業型DCの一時金についても、考え方は同様です。

<退職金+老齢一時金に対する課税>
退職所得控除の額 : 800万円+70万円×(38年-20年)=2,060万円
退職所得の額 :(2,000万円+800万円-2,060万円)×1/2=370万円
退職金と老齢一時金に対して、それぞれ退職所得控除が適用されれば良いのですが、そうならないよう税制でルールが定められています。
19年ルールと10年ルール
退職所得控除額の計算において「重複期間」がある場合、国税庁は「退職所得控除額から重複期間に対応する退職所得控除額相当額を控除した残額を退職所得控除額とする」と明記しています。つまり、同じ期間を控除計算に二重計上しない仕組みです。ここでいう重複期間とは、勤続年数(または拠出期間)として控除計算に使われる期間が、別の退職所得と重なっている部分を指します。重なる年数が多いほど、後から受け取る方の控除が削られやすくなります。
◆具体的な事例1:退職金→老齢一時金(19年ルール)
退職金を先に受け取り、その後19年以内に老齢一時金を受け取ると、老齢一時金に適用される退職所得控除は、退職金に適用された退職所得控除と重複する期間は除外されてしまうルールであるため、後の老齢一時金に対する控除が小さくなる可能性があります。

<先に受け取る退職金に対する課税>
退職所得控除の額 : 800万円+70万円×(38年-20年)=2,060万円
退職所得の額 :(2,000万円-2,060万円)×1/2 =0円(非課税)
<後に受け取る老齢一時金に対する課税>
退職所得控除の額 : 40万円×5年=200万円
退職所得の額 :(800万円-200万円)×1/2 =300万円
◆具体的な事例2:老齢一時金→退職金(10年ルール)
老齢一時金を先に受け取り、その後10年以内に退職金を受け取ると、退職金側の退職所得控除が、老齢一時金に適用される退職所得控除との重複分だけ小さくなります。

<先に受け取る老齢一時金に対する課税>
退職所得控除の額 : 40万円×20年=800万円
退職所得の額 :(800万円-800万円)×1/2=0円(非課税)
<後に受け取る退職金に対する課税>
退職所得控除の額 : 800万円+70万円×(38年-20年)-(40万円×20年) =1,260万円
退職所得の額 :(2,000万円-1,260万円)×1/2=370万円
つまり、退職所得控除を、短い間隔で「満額2回分使わせない」ための調整ルールがあるため、この調整が起きにくい順番・時期・受取方法を選ぶ必要があるのです。
年金で受け取る場合:公的年金等控除の仕組み
受け取り方法としてもう一つの選択肢が年金形式での受け取りです。iDeCoや企業型DCの資産は、一時金だけでなく、一定期間に分けて年金として受け取ることもできます。この場合、所得区分は雑所得となり、税金の計算では公的年金等控除が適用されます。
公的年金等控除とは、国民年金や厚生年金などの公的年金収入に対して一定額を差し引くことができる制度で、DCやiDeCoの年金受取もこの枠組みで計算されます。つまり、年金形式で受け取る場合は「公的年金+DC年金+iDeCo年金」を合算した金額に対して、公的年金等控除が適用されることになります。
◆具体的な事例:iDeCoを年金受取
例)65歳以降の年間収入
公的年金:180万円
iDeCo年金:60万円
この場合、年金収入の合計は
180万円+60万円=240万円
となり、ここから公的年金等控除が差し引かれた金額が、雑所得として課税対象になります。
公的年金等に係る雑所得以外の合計所得金額が1,000万円以下の場合、表 1により公的年金等控除が計算されます。事例のように年金収入の合計が240万円の場合、公的年金等控除は130万円と計算され、ここからさらに基礎控除や社会保険料控除などの所得控除を引いた金額に税金が課されます。
<年金受け取りに対する課税>
公的年金等控除の額 : 240万円-110万円=130万円
雑所得の額 :(180万円+60万円)-130万円=110万円

一時金と年金、どちらが有利か
ここで多くの人が気になるのは、「一時金と年金、どちらが得なのか」という点ですが、これは一概にはいえません。判断のポイントは主に次の3つです。
① 退職所得控除の枠に収まるか
② 公的年金の受給額
③ 退職後の所得構造(公的年金以外にも所得があるか)
例えば、退職金を一時金で受け取っても退職所得控除の枠内に収まる場合は、一時金が有利になりやすく、一方で一時金で受け取ると退職所得控除を超えるものの、公的年金が少ない場合は、年金形式の方が税負担を分散できる可能性があります。
退職金と企業型DC/iDeCoの出口戦略
退職金とiDeCoの出口戦略で最も重要なのは、
① 一時金か年金か
② 退職金と企業型DC/iDeCoの受取順
③ 受取時期
この3つを組み合わせて考える必要があります。また、NISAの枠が埋まっている場合で、まだ運用を継続したい場合は、一時金であれ、年金であれ、すぐには受け取らず、iDeCoでは口座で運用を続けるという選択もあるため、「とりあえず受け取る」という選択が必ずしも最適とはなりません。
退職金は長年働いた成果であり、多くの人にとって人生最大級の資金です。しかし、受け取り方によって税負担や手取りは大きく変わります。制度を理解し、自分にとって最適な受取方法を考えることが、退職金を最大限活かす第一歩といえるでしょう。
